クライマーズ・ハイ - 横山秀夫

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

横山秀夫は上手い作家だという認識。深いかは分からないけど、読んでいる瞬間にガッチリ掴んでくるものがある。
横山秀夫の最高峰と言われるらしいクライマーズ・ハイに手を出してみる。最近はあまり本を沢山読んでいないので、リハビリも兼ねて。
これが、面白い。日航ジャンボジェット墜落という実際に起きた大事件を扱い、そこに新聞記者である主人公の苦悩と責任、友人、部下や同僚、上司、その組織の矛盾、時間軸の交差と色々混ぜて、それぞれを次々とメインに持ってくることで、流れを強烈に引っ張っている。ええ、世を徹して読んでしまいました。ちょっと色々な要素を詰め込みすぎかなとも思うのですが、それを押さえる上手さがあると思います。
特に序盤の事件が起きてその後一晩二晩のあたりの件が強烈だと思います。これはもう作家の力というよりも、この事故の負の魔力のようなものかもしれないと思ってしまうのですが…。でも、それを書き切ったことは見事です。記者であった作家自身の経験のせいかもしれません。
一方、終盤はちょっと綺麗にまとめすぎたかなという感じがします。こうするしかないのかなとも思いますが、なんとなく前半のパワーに比べると、あまりにも凡庸に良かったね、という終わり方のような気がしてしまって。前半に食われた格好です。
それから、後半の肝である、元部下の従兄弟の少女の投書の文。果たして、この文というのはそんなに気持ちを逆撫でするものなのかな?と不思議に思ってしまいます。今もしこんな事件があったとしたら、このくらいのことを書く人は沢山いるのではないかと思います。無記名でなんの責任も負わずに。もっと心無いことを書く人もいると思います。当然ネットと新聞は違いますが、私はネットに毒されているのでしょうか?自分の近い人間が事故に巻き込まれたことは幸運にも無いので、こんなことを書いてはいけないのかもしれませんが、彼女は「私は泣きません」と言っているだけです。死んで良かったと言っているわけではありません。泣くか泣かないかなんて個人個人の自由です。私は、自分の大切な人が死んだからと言って、無関係の不特定多数の人に悲しんでくれという必要なんて無いと考えます。泣いてもらえたら救われるわけでは無いですし。
まぁ、だからこそ、この作品でも遺族からの抗議はひとつも無かったと書いているのだと思いますけど。一番むかつくのは善意のふりをした実際は関係の無い人ですね。どうして遺族でもない人が、遺族の気持ちを考えろという電話をかける権利があるのかと。リアルである分、このシーンには腹が立ちました。

★★★★☆


以下、作品関連リンク。飛行機の事故以外も現実の事件に沿って書かれていることに驚きました。リアルタイムでこの辺のところを知っていたら、もっと深い本なのかもしれません。
この本を読む以前から知っていましたが、ボイスレコーダーの音声ファイルは本当に恐ろしいです。今までインターネット上で出会ったものの中で最も怖いものかもしれません。もう私は十分に大人となる歳ですが、この事故が起こったときはまだ物心つく前の子供でした。昔のことと言えばそれまでですが、でも、このような事故は知っておくべきなのでは、資料を残しておくべきなのでは、と思う。そういう意味もあってリンクを作ってみました。自分より下の世代にも、本を読んだついでに見てみることをお勧めします。
事故に遭われた方のご冥福をお祈りします。