風の歌を聴け

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

■最近、読む本に当たりが少ない、と書いた気がするのですが、これは面白かった。村上春樹。身内がノーベル文学賞に一番近い日本人は彼だとかなんとか言ってましたが、本当かもしれない。自然で、複雑で、何気ない、ゾクッとする何か。
■はっきり言って村上春樹、神の子は皆踊る、を読んだ時はイマイチかと思った。上手いけど、好みじゃない。内側を抉る痛い文だと思った。高校の国語の教科書に載っていたレキシントンの幽霊、日本人にもこんな文を書く人がいるんだ、と驚いた。ポケットのコインに触れたときのソリッドな感覚。本を読み始めると同時に眠り続けた何かが揺り起こされる。あとで村上春樹だったと知ってもっと驚いた。彼の文との接触機会はそれくらい。
■そして今回。視点が自分の近くに来た今回。淡々と進む文はでも異世界のようだった。こないだ読んでた村上龍の印象を引きずっているのか、世界が日本に見えなくて。鼠がひどくコミカルに見えた。バーでジュークボックスで、でも海からは日本の風が吹く。やっと、日本という感覚に慣れ始めたのは4分の3をすぎたあたり。そして、触られる文が増えた。

「僕は、思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを数年にわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。」
「嘘だと言ってくれないか?」
「大気が微かに揺れ、風が笑った。そして再び永遠の静寂が火星の地表を被った。若者はポケットから拳銃を取り出し、銃口をこめかみにつけ、そっと引き金を引いた。」
「しかし、もし僕たちが年中しゃべり続け、それも真実しかしゃべらないとしたら、真実の価値など失くなってしまうのかもしれない。」
「この街は好き?」
「あんたも言ったよ。どこでも同じってさ。」

■刺さるものってあると思います。それが文章にあることも音楽に映像にあることも色々。この文は私に刺さります。読んで良かった本です。